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者と真実を話し合うことを禁じることによって、愛する者を助けようとします。医療従事者は、時間がくればがんそのものが患者に真実を告げるということを家族に理解できるように援助することができます。嘘をつきながら生きることは、患者と家族にとっても困難を大きくします。自分のことを片づけ、財産を整理し、そして人生を終えるという作業を援助する機会を失うかもしれません。患者は孤独になります。家族はまた患者への愛とサポートを失います。
家族やスタッフは、これが自分自身の死のリハーサルであるというフィーリングを体験するのを避けているのかもしれません。ここで彼ら自身は、自分たちに寄与している逃避とかごまかし等のタイプを見るでしょう。そして、アメリカでは末期患者が在宅でケアされるべきだという強い圧力があります。幸いなことに、適当な援助があれば、これは多くの人々に可能となります。
しかしながら、患者と家族が在宅ケアを望んでいると仮定してはいけません。在宅ケアを提供するだけの身体的・情緒的な力があるかどうかを知っているのは彼らだけだからです。患者や家族は、患者が介護者に負いきれない重荷になるのではという恐れをもっています。末期患者のケアを選択するに関して早期に議論することは、両者に非常に大きな安心感を与えます。現実的に可能な時間のアセスメント、重荷を分かち合える介護者の数、経済力などは、患者や家族に危機が起こる前に重要なことを決断する助けとなります。
在宅ケアを強調することは、いろいろな選択をしなければならないということです。しばしば家族は、経済的安定を維持するために働かなければなりません。家庭には、ほかにも子供やその他のケアを必要としている者もいるかもしれません。患者とその主な介護者は、他人からケアされたり、あるいはケアをだれかに頼んだりすることを躊躇するかもしれません。ヘルスケア提供者の役割は、患者の介護者をサポートすること、あるいはある状況で社会的サポートやケアを実際に提供することなのです。
私たちはホスピスケアを数年前に始めましたが、介護者については彼らの疲れや自分自身の時間や、末期患者の継続的なニーズによる隔離等を心配しました。初期のホスピスでのある人の死ののちに、介護者にどういう感じなのかと尋ねたことがあります。彼女は立ち止まり、私の質問と自分の感情に驚いた様子で、「私はとてもよい気持ちですが、疲れており、悲しいです。また終わってよかったです。私は自分の母親をよく世話ができたと思っています。母は最善のケアを受けたと思います。なぜなら、私がそれを与えたからです。母は私が愛したことと、彼女が私を愛したことを知っています」といわれました。彼女は笑っていました。そして、リラックスしているようでした。彼女は母親と常に愛し合っていたわけではありません。介護という困難な働きが2人に結びつきを与え、そして娘にも一種の達成感を与えたのです。この自信が、彼女を再び学校に戻るように導きました。母親はそれを望んでいたのです。
慰めを与えるようなケアをすることは、死が近づくにつれてもっとも必要になるというのが私の観察からいえることです。皮膚と口を清潔に保つには、介護者の相当の努力が必要です。しばしば“何かしてあげよう”という介護者の気持ちが、患者の邪魔されたくないという願いと衝突します。
ホスピスは、さまざまなケアの重荷を人々に配分するという重要な役割を課します。ボランティアは、安息を提供するだけではなく、患者と介護者にとってコミュニティーのケアを代表します。末期患者を自宅でケアすることの孤独と隔離性は、ホスピスの専門家とボランティアの定期的な配慮を受けることで相当取り除かれるのです。ケアに

 

 

 

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